賛成なんですか」
「賛成ですとも。因念つきぢやありませんか」
「先祖の拵らえた因念よりも、まだ自分の拵えた因念で貰ふ方が貰《もら》ひ好《い》い様だな」
「おや、左様《そん》なのがあるの」
代助は苦笑して答へなかつた。
四の一
代助は今読み切《き》つた許《ばかり》の薄《うす》い洋書を机の上に開《あ》けた儘、両|肱《ひぢ》を突《つ》いて茫乎《ぼんやり》考へた。代助の頭《あたま》は最後の幕《まく》で一杯になつてゐる。――遠くの向ふに寒《さむ》さうな樹が立つてゐる後《うしろ》に、二つの小さな角燈が音《おと》もなく揺《ゆら》めいて見えた。絞首台は其所《そこ》にある。刑人は暗《くら》い所に立つた。木履《くつ》を片足《かたあし》失《な》くなした、寒《さむ》いと一人《ひとり》が云ふと、何《なに》を? と一人《ひとり》が聞き直《なほ》した。木履《くつ》を失《な》くなして寒いと前《まへ》のものが同じ事を繰り返した。Mは何処《どこ》にゐると誰《だれ》か聞いた。此所《こゝ》にゐると誰《だれ》か答へた。樹《き》の間《あひだ》に大きな、白い様な、平たいものが見える。湿《しめ》つぽい風《かぜ》
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