云ふのを改まつて聞いて見ると、又例の縁談の事であつた。代助は学校を卒業する前から、梅子の御蔭で写真実物色々な細君の候補者に接した。けれども、何《い》づれも不合格者ばかりであつた。始めのうちは体裁の好《い》い逃《にげ》口上で断わつてゐたが、二年程前からは、急に図迂《づう》々々しくなつて、屹度相手にけちを付ける。口《くち》と顎《あご》の角度が悪《わる》いとか、眼《め》の長さが顔の幅《はゞ》に比例しないとか、耳の位置が間違《まちが》つてるとか、必ず妙な非難を持つて来《く》る。それが悉く尋常な言草《いひぐさ》でないので、仕舞には梅子も少々考へ出した。是は必竟世話を焼き過ぎるから、付け上つて、人を困《こま》らせるのだらう。当分|打遣《うつちや》つて置いて、向ふから頼み出させるに若《し》くはない。と決心して、夫からは縁談の事をついぞ口《くち》にしなくなつた。所が本人は一向困つた様子もなく、依然として海のものとも、山のものとも見当が付かない態度で今日迄|暮《くら》して来《き》た。
其所《そこ》へ親爺《おやぢ》が甚だ因念の深《ふか》いある候補者を見付けて、旅行|先《さき》から帰つた。梅子は代助の来《
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