く》る二三日前に、其話を親爺《おやぢ》から聞かされたので、今日《けふ》の会談は必ずそれだらうと推したのである。然し代助は実際老人から結婚問題に付いては、此日《このひ》何にも聞《き》かなかつたのである。老人は或はそれを披露する気で、呼んだのかも知れないが、代助の態度を見て、もう少し控えて置く方が得策だといふ了見を起した結果、故意《わざ》と話題を避けたとも取れる。
 此候補者に対して代助は一種特殊な関係を有《も》つてゐた。候補者の姓は知つてゐる。けれど名は知らない。年齢、容貌、教育、性質に至つては全く知らない。何故《なぜ》その女が候補者に立つたと云ふ因念になると又能く知つて居る。

       三の七

 代助の父《ちゝ》には一人《ひとり》の兄《あに》があつた。直記《なほき》と云つて、父《ちゝ》とはたつた一つ違ひの年上《としうへ》だが、父《ちゝ》よりは小柄《こがら》なうへに、顔付《かほつき》眼鼻立《めはなだち》が非常に似《に》てゐたものだから、知らない人には往々|双子《ふたご》と間違へられた。其折は父も得《とく》とは云はなかつた。誠之進といふ幼名で通《とほ》つてゐた。
 直記《なほき》と
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