掛《まどかけ》の間《あひだ》から、奇麗な空《そら》を透《す》かす様に見てゐた。遠くに大きな樹《き》が一本ある。薄茶色《うすちやいろ》の芽《め》を全体に吹いて、柔《やわ》らかい梢《こづえ》の端《はじ》が天《てん》に接《つゞ》く所は、糠雨《ぬかあめ》で暈《ぼか》されたかの如くに霞《かす》んでゐる。
「好《い》い気候になりましたね。何所《どこ》か御花見にでも行きませうか」
「行きませう。行くから仰《おつ》しやい」
「何《なに》を」
「御父《おとう》さまから云はれた事を」
「云はれた事は色々あるんですが、秩序立《ちつじよだ》てて繰《く》り返《かへ》すのは困るですよ。頭《あたま》が悪《わる》いんだから」
「まだ空《そら》つとぼけて居《ゐ》らつしやる。ちやんと知つてますよ」
「ぢや、伺《うかゞ》ひませうか」
 梅子は少しつんとした。
「貴方《あなた》は近頃余つ程|減《へ》らず口《ぐち》が達者におなりね」
「何《なに》、姉《ねえ》さんが辟易する程ぢやない。――時に今日《けふ》は大変静かですね。どうしました、小供達は」
「小供は学校です」
 十六七の小間使《こまづかひ》が戸《と》を開《あ》けて顔《かほ
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