》かへ失《なく》なして仕舞つたんで、探《さが》しに来《き》たんださうである。両手で頭《あたま》を抑へる様にして、櫛《くし》を束髪の根方《ねがた》へ押し付けて、上眼《うはめ》で代助を見ながら、
「相変らず茫乎《ぼんやり》してるぢやありませんか」と調戯《からか》つた。
「御父《おとう》さんから御談義を聞《き》かされちまつた」
「また? 能く叱《しか》られるのね。御帰り匆々、随分気が利かないわね。然し貴方《あなた》もあんまり、好《よ》かないわ。些とも御父《おとう》さんの云ふ通りになさらないんだもの」
「御父《おとう》さんの前で議論なんかしやしませんよ。万事控え目に大人しくしてゐるんです」
「だから猶始末が悪《わる》いのよ。何か云ふと、へい/\つて、さうして、些《ちつ》とも云ふ事を聞かないんだもの」
代助は苦笑して黙《だま》つて仕舞つた。梅子《うめこ》は代助の方へ向いて、椅子へ腰を卸した。脊《せい》のすらりとした、色の浅黒い、眉の濃《こ》い、唇の薄い女である。
「まあ、御掛《おか》けなさい。少し話し相手になつて上《あ》げるから」
代助は矢っ張り立つた儘、嫂《あによめ》の姿《すがた》を見守つ
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