た。代助の考によると、誠実だらうが、熱心だらうが、自分が出来合《できあひ》の奴《やつ》を胸に蓄《たく》はへてゐるんぢやなくつて、石と鉄と触れて火花《ひばな》の出《で》る様に、相手次第で摩擦の具合がうまく行けば、当事者|二人《ににん》の間に起るべき現象である。自分の有する性質と云ふよりは寧ろ精神の交換作用である。だから相手が悪《わる》くつては起《おこ》り様がない。
「御父《おとう》さんは論語だの、王陽明だのといふ、金《きん》の延金《のべがね》を呑《の》んで入らつしやるから、左様《さう》いふ事を仰しやるんでせう」
「金《きん》の延金《のべがね》とは」
代助はしばらく黙《だま》つてゐたが、漸やく、
「延金《のべがね》の儘|出《で》て来《く》るんです」と云つた。長井は、書物癖のある、偏窟な、世慣れない若輩のいひたがる不得要領の警句として、好奇心のあるにも拘はらず、取り合ふ事を敢てしなかつた。
三の五
それから約四十分程して、老人は着物《きもの》を着換《きか》えて、袴《はかま》を穿《は》いて、俥《くるま》に乗《の》つて、何処《どこ》かへ出《で》て行《い》つた。代助も玄関迄送
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