きながら、
「先生、大変な事が始まりましたな」と仰山な声で話しかけた。此書生は代助を捕《つら》まへては、先生先生と敬語を使ふ。代助も、はじめ一二度は苦笑して抗議を申し込んだが、えへゝゝ、だつて先生と、すぐ先生にして仕舞ふので、已を得ず其儘にして置いたのが、いつか習慣になつて、今では、此男に限《かぎ》つて、平気に先生として通《とほ》してゐる。実際書生が代助の様な主人を呼ぶには、先生以外に別段適当な名称がないと云ふことを、書生を置いて見て、代助も始めて悟つたのである。
「学校騒動の事ぢやないか」と代助は落付いた顔をして麺麭《ぱん》を食《く》つて居た。
「だつて痛快ぢやありませんか」
「校長排斥がですか」
「えゝ、到底辞職もんでせう」と嬉《うれ》しがつてゐる。
「校長が辞職でもすれば、君は何か儲かる事《こと》でもあるんですか」
「冗談云つちや不可《いけ》ません。さう損得《そんとく》づくで、痛快がられやしません」
 代助は矢つ張り麺麭《ぱん》を食《く》つてゐた。
「君、あれは本当に校長が悪《にく》らしくつて排斥するのか、他《ほか》に損得《そんとく》問題があつて排斥するのか知つてますか」と云ひな
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