がら鉄瓶の湯を紅茶々碗の中《なか》へ注《さ》した。
「知りませんな。何《なん》ですか、先生は御存じなんですか」
「僕も知らないさ。知らないけれども、今の人間が、得《とく》にならないと思つて、あんな騒動をやるもんかね。ありや方便だよ、君」
「へえ、左様《そん》なもんですかな」と門野《かどの》は稍|真面目《まじめ》な顔をした。代助はそれぎり黙《だま》つて仕舞つた。門野《かどの》は是より以上通じない男である。是より以上は、いくら行つても、へえ左様《そん》なもんですかなで押し通して澄《す》ましてゐる。此方《こちら》の云ふことが応《こた》へるのだか、応へないのだか丸で要領を得ない。代助は、其所《そこ》が漠然として、刺激が要《い》らなくつて好《い》いと思つて書生に使つてゐるのである。其代り、学校へも行かず、勉強もせず、一日《いつにち》ごろ/\してゐる。君、ちつと、外国語でも研究しちやどうだなどゝ云ふ事がある。すると門野《かどの》は何時《いつ》でも、左様《さう》でせうか、とか、左様《そん》なもんでせうか、とか答《こた》へる丈である。決して為《し》ませうといふ事は口《くち》にしない。又かう、怠惰《なま
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