次に黒い髪《かみ》を分《わ》けた。油《あぶら》を塗《つ》けないでも面白い程自由になる。髭《ひげ》も髪《かみ》同様に細《ほそ》く且つ初々《うい/\》しく、口《くち》の上《うへ》を品よく蔽ふてゐる。代助《だいすけ》は其ふつくらした頬《ほゝ》を、両手で両三度撫でながら、鏡の前《まへ》にわが顔《かほ》を映《うつ》してゐた。丸で女《をんな》が御白粉《おしろい》を付《つ》ける時の手付《てつき》と一般であつた。実際彼は必要があれば、御白粉《おしろい》さへ付《つ》けかねぬ程に、肉体に誇《ほこり》を置く人である。彼の尤も嫌ふのは羅漢の様な骨骼と相好《さうごう》で、鏡に向ふたんびに、あんな顔に生《うま》れなくつて、まあ可《よ》かつたと思ふ位である。其代り人から御洒落《おしやれ》と云はれても、何の苦痛も感じ得ない。それ程彼は旧時代の日本を乗り超えてゐる。
一の二
約《やく》三十分の後《のち》彼は食卓に就いた。熱《あつ》い紅茶を啜《すゝ》りながら焼麺麭《やきぱん》に牛酪《バタ》を付けてゐると、門野《かどの》と云ふ書生が座敷から新聞を畳んで持つて来た。四つ折りにしたのを座布団の傍《わき》へ置
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