だ》と云ふ今度《こんだ》は、全く分《わか》らない人間だと、おれも諦《あき》らめて仕舞つた。世の中に分《わか》らない人間《にんげん》程危険なものはない。何を為《す》るんだか、何を考へてゐるんだか安心が出来ない。御前《おまへ》は夫《それ》が自分の勝手だから可《よ》からうが、御父《おとう》さんやおれの、社会上の地位を思つて見ろ。御前だつて家族の名誉と云ふ観念は有《も》つてゐるだらう」
兄《あに》の言葉は、代助の耳《みゝ》を掠《かす》めて外《そと》へ零《こぼ》れた。彼はたゞ全身に苦痛を感じた。けれども兄《あに》の前に良心の鞭撻を蒙る程動揺してはゐなかつた。凡てを都合よく弁解して、世間的の兄《あに》から、今更同情を得やうと云ふ芝居気は固より起らなかつた。彼《かれ》は彼《かれ》の頭《あたま》の中《うち》に、彼自身に正当な道を歩《あゆ》んだといふ自信があつた。彼は夫で満足であつた。その満足を理解して呉れるものは三千代丈であつた。三千代以外には、父《ちゝ》も兄《あに》も社会も人間も悉く敵《てき》であつた。彼等は赫々《かく/\》たる炎火《えんくわ》の裡《うち》に、二人《ふたり》を包《つゝ》んで焼《や》
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