此奴《こいつ》は手の付け様がないといふ気にもなる。

       三の四

「身体《からだ》は丈夫だね」
「二三年このかた風邪《かぜ》を引《ひ》いた事《こと》もありません」
「頭《あたま》も悪《わる》い方ぢやないだらう。学校の成蹟も可《か》なりだつたんぢやないか」
「まあ左様《さう》です」
「夫《それ》で遊《あそ》んでゐるのは勿体ない。あの何とか云つたね、そら御前《おまへ》の所へ善《よ》く話しに来《き》た男があるだらう。己《おれ》も一二度逢つたことがある」
「平岡ですか」
「さう平岡。あの人なぞは、あまり出来の可《い》い方ぢやなかつたさうだが、卒業すると、すぐ何処《どこ》かへ行つたぢやないか」
「其代り失敗《しくじつ》て、もう帰《かへ》つて来《き》ました」
 老人は苦笑を禁じ得なかつた。
「どうして」と聞いた。
「詰《つま》り食《く》ふ為《ため》に働《はた》らくからでせう」
 老人には此意味が善《よ》く解《わか》らなかつた。
「何《なに》か面白くない事でも遣《や》つたのかな」と聞き返した。
「其場合々々で当然の事を遣るんでせうけれども、其当然が矢っ張り失敗《しくじり》になるんでせう」
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