奮発して何か為《す》るが好《い》い。国民の義務としてするが好《い》い。もう三十だらう」
「左様《さう》です」
「三十になつて遊民として、のらくらしてゐるのは、如何にも不体裁だな」
代助は決してのらくらして居《ゐ》るとは思はない。たゞ職業の為《ため》に汚《けが》されない内容の多い時間を有する、上等人種と自分を考へてゐる丈である。親爺《おやぢ》が斯んな事を云ふたびに、実は気の毒になる。親爺《おやぢ》の幼稚な頭脳には、かく有意義に月日《つきひ》を利用しつゝある結果が、自己の思想情操の上に、結晶して吹き出《だ》してゐるのが、全く映《うつ》らないのである。仕方がないから、真面目《まじめ》な顔をして、
「えゝ、困ります」と答へた。老人《ろうじん》は頭《あたま》から代助を小僧視してゐる上《うへ》に、其返事が何時《いつ》でも幼気《おさなげ》を失はない、簡単な、世帯離《しよたいばな》れをした文句だものだから、馬鹿《ばか》にするうちにも、どうも坊ちやんは成人しても仕様がない、困つたものだと云ふ気になる。さうかと思ふと、代助の口調が如何にも平気で、冷静で、はにかまず、もぢ付《つ》かず尋常極まつてゐるので、
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