利他本位でやつてるかと思ふと、何時《いつ》の間《ま》にか利己本位に変つてゐる。言葉丈は滾々として、勿体らしく出るが、要するに端倪すべからざる空談《くうだん》である。それを基礎から打ち崩して懸《か》かるのは大変な難事業だし、又必竟出来ない相談だから、始めより成るべく触《さは》らない様にしてゐる。所が親爺《おやぢ》の方では代助を以て無論自己の太陽系に属すべきものと心得てゐるので、自己は飽までも代助の軌道を支配する権利があると信じて押して来《く》る。そこで代助も已を得ず親爺《おやぢ》といふ老太陽の周囲を、行儀よく廻転する様に見せてゐる。
「それは実業が厭《いや》なら厭《いや》で好《い》い。何も金《かね》を儲ける丈が日本の為《ため》になるとも限るまいから。金《かね》は取《と》らんでも構《かま》はない。金《かね》の為《ため》に兎や角云ふとなると、御前も心持がわるからう。金《かね》は今迄通り己《おれ》が補助して遣《や》る。おれも、もう何時《いつ》死《し》ぬか分《わか》らないし、死《し》にや金《かね》を持つて行く訳にも行《い》かないし。月々《つき/″\》御前の生計《くらし》位どうでもしてやる。だから
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