きに相手《あいて》の膝頭《ひざがしら》と顔《かほ》とを半々《はん/\》に見較べる癖《くせ》がある。其時の眼《め》の動《うご》かし方《かた》で、白眼《しろめ》が一寸《ちよつと》ちらついて、相手《あいて》に妙な心|持《もち》をさせる。
 老人《ろうじん》は今《いま》斯んな事を云つてゐる。――
「さう人間《にんげん》は自分丈を考へるべきではない。世の中《なか》もある。国家もある。少しは人《ひと》の為《ため》に何《なに》かしなくつては心持のわるいものだ。御前だつて、さう、ぶら/\してゐて心持の好《い》い筈はなからう。そりや、下等社会の無教育のものなら格別だが、最高の教育を受けたものが、決して遊んで居て面白い理由がない。学んだものは、実地に応用して始めて趣味が出《で》るものだからな」
「左様《さう》です」と代助は答へてゐる。親爺《おやぢ》から説法されるたんびに、代助は返答に窮するから好加減な事を云ふ習慣になつてゐる。代助に云はせると、親爺《おやぢ》の考は、万事|中途半端《ちうとはんぱ》に、或物《あるもの》を独り勝手に断定してから出立するんだから、毫も根本的の意義を有してゐない。しかのみならず、今
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