た。
「僕には何《なん》にもない」と平岡は頭《あたま》を抑えてゐた。
「では云ふ。三千代さんを呉れないか」と思ひ切つた調子に出た。
 平岡は頭《あたま》から手を離して、肱を棒の様に洋卓《てえぶる》の上に倒した。同時に、
「うん遣《や》らう」と云つた。さうして代助が返事をし得ないうちに、又繰り返した。
「遣《や》る。遣《や》るが、今《いま》は遣《や》れない。僕は君の推察通り夫程三千代を愛して居なかつたかも知れない。けれども悪《にく》んぢやゐなかつた。三千代は今病気だ。しかも余り軽い方ぢやない。寐《ね》てゐる病人を君に遣《や》るのは厭《いや》だ。病気が癒《なほ》る迄君に遣《や》れないとすれば、夫迄は僕が夫《おつと》だから、夫《おつと》として看護する責任がある」
「僕は君に詫《あやま》つた。三千代さんも君に詫《あや》まつてゐる。君から云へば二人《ふたり》とも、不埒な奴《やつ》には相違ないが、――幾何《いくら》詫《あや》まつても勘弁|出来《でき》んかも知れないが、――何しろ病気をして寐《ね》てゐるんだから」
「夫《それ》は分《わか》つてゐる。本人の病気に付《つ》け込んで僕が意趣|晴《ば》らしに
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