《ため》であつた。
三千代は此暑《このあつさ》を冒《おか》して前日《ぜんじつ》の約《やく》を履《ふ》んだ。代助は女の声《こえ》を聞き付けた時、自分で玄関迄飛び出《だ》した。三千代は傘《かさ》をつぼめて、風呂敷|包《づゝみ》を抱へて、格子の外《そと》に立《た》つてゐた。不断着《ふだんぎ》の儘《まゝ》宅《うち》を出《で》たと見えて、質素《しつそ》な白地《しろぢ》の浴衣《ゆかた》の袂《たもと》から手帛《はんけち》を出し掛《か》けた所であつた。代助は其姿《そのすがた》を一目《ひとめ》見た時、運命が三千代の未来を切り抜《ぬ》いて、意地悪く自分の眼の前に持つて来《き》た様に感じた。われ知らず、笑ひながら、
「馳落《かけおち》でもしさうな風ぢやありませんか」と云つた。三千代は穏《おだや》かに、
「でも買物をした序でないと上《あが》り悪《にく》いから」と真面目な答をして、代助の後《あと》に跟《つ》いて奥迄這入つて来《き》た。代助はすぐ団扇を出《だ》した。照り付けられた所為《せゐ》で三千代の頬《ほゝ》が心持よく輝《かゞ》やいた。何時《いつ》もの疲《つか》れた色は何処《どこ》にも見えなかつた。眼《め》の
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