時、彼《かれ》は愛憐《あいれん》の情と気の毒の念に堪えなかつた。さうして自己を悪漢の如くに呵責《かしやく》した。思ふ事は全く云ひそびれて仕舞つた。帰るとき、
「又都合して宅《うち》へ来《き》ませんか」と云つた。三千代はえゝと首肯《うなづ》いて微笑した。代助は身を切《き》られる程|酷《つら》かつた。
代助は此間《このあひだ》から三千代を訪問する毎《ごと》に、不愉快ながら平岡の居《ゐ》ない時を択《えら》まなければならなかつた。始めはそれを左程にも思はなかつたが、近頃では不愉快と云ふよりも寧ろ、行き悪《にく》い度が日毎に強くなつて来《き》た。其上《そのうへ》留守の訪問が重《かさ》なれば、下女に不審を起させる恐れがあつた。気の所為《せゐ》か、茶を運《はこ》ぶ時にも、妙に疑ぐり深い眼付《めつき》をして、見られる様でならなかつた。然し三千代は全く知らぬ顔をしてゐた。少《すく》なくとも上部《うはべ》丈は平気であつた。
平岡との関係に就ては、無論詳しく尋ねる機会もなかつた。会《たま》に一言二言《ひとことふたこと》夫《それ》となく問を掛けて見ても、三千代は寧ろ応じなかつた。たゞ代助の顔を見《み》れば
前へ
次へ
全490ページ中435ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング