《しうえ》を塗《ぬ》り付けた後《あと》、自分の心《こゝろ》の状態が如何に落魄するだらうと考へて、ぞつと身振《みぶるひ》をした。
 此落魄のうちに、彼は三千代を引張り廻《まは》さなければならなかつた。三千代は精神的に云つて、既に平岡の所有ではなかつた。代助は死に至る迄|彼女《かのをんな》に対して責任を負ふ積であつた。けれども相当の地位を有《も》つてゐる人の不実《ふじつ》と、零落《れいらく》の極に達した人の親切とは、結果に於て大《たい》した差違はないと今更ながら思はれた。死ぬ迄三千代に対して責任を負ふと云ふのは、負《お》ふ目的があるといふ迄で、負《お》つた事実には決してなれなかつた。代助は惘然《もうぜん》として黒内障《そこひ》に罹《かゝ》つた人の如くに自失した。
 彼《かれ》は又三千代を訪《たづ》ねた。三千代は前日《ぜんじつ》の如く静《しづか》に落《お》ち着《つ》いてゐた。微笑《ほゝえみ》と光輝《かゞやき》とに満《み》ちてゐた。春風《はるかぜ》はゆたかに彼女《かのをんな》の眉《まゆ》を吹いた。代助は三千代が己《おのれ》を挙げて自分に信頼してゐる事を知つた。其証拠を又|眼《ま》のあたりに見た
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