迄、熱烈を厭ふ、危きに近寄り得ぬ、勝|負事《ぶごと》を好まぬ、用心深い、太平の好紳士と自分を見傚してゐた。徳義上重大な意味の卑怯はまだ犯した事がないけれども、臆病と云ふ自覚はどうしても彼《かれ》の心から取り去る事が出来なかつた。
彼は通俗なある外国雑誌の購読者であつた。其|中《なか》のある号で、Mountain《マウンテン》 Accidents《アクシデンツ》 と題する一篇に遭《あ》つて、かつて心《こゝろ》を駭《おどろ》かした。夫《それ》には高山を攀《よ》ぢ上《のぼ》る冒険者の、怪我|過《あやまち》が沢山に並《なら》べてあつた。登山の途中|雪崩《ゆきなだ》れに圧《お》されて、行き方知れずになつたものゝ骨が、四十年|後《ご》に氷河の先《さき》へ引|懸《かゝ》つて出《で》た話や、四人の冒険者が懸崖の半腹にある、真直に立つた大きな平《ひら》岩を越すとき、肩から肩の上へ猿《さる》の様に重《かさ》なり合つて、最上の一人の手が岩《いは》の鼻へ掛かるや否や、岩《いは》が崩《くづ》れて、腰の縄が切れて、上の三人が折り重なつて、真逆様に四番目の男の傍《そば》を遥かの下に落ちて行つた話などが、幾何《いく
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