つ》となく載せてあつた間に、錬瓦《れんぐわ》の壁《かべ》程急な山腹《さんぷく》に、蝙蝠《かうもり》の様に吸《す》ひ付いた人間《にんげん》を二三ヶ所点綴した挿画《さしゑ》があつた。其時代助は其絶壁の横《よこ》にある白い空間のあなたに、広《ひろ》い空《そら》や、遥かの谷《たに》を想像して、怖《おそ》ろしさから来《く》る眩暈《めまひ》を、頭《あたま》の中《なか》に再|現《げん》せずには居られなかつた。
 代助は今道徳界に於て、是等の登攀者と同一な地位に立つてゐると云ふ事を知つた。けれども自《みづか》ら其場に臨んで見ると、怯《ひる》む気は少しもなかつた。怯《ひる》んで猶予する方が彼に取つては幾倍の苦痛であつた。
 彼は一日《いちじつ》も早く父《ちゝ》に逢つて話《はなし》をしたかつた。万一の差支を恐れて、三千代が来《き》た翌日、又電話を掛けて都合を聞き合せた。父《ちゝ》は留守だと云ふ返事を得た。次《つぎ》の日又問ひ合せたら、今度は差支があると云つて断《ことわ》られた。其次には此方《こちら》から知らせる迄は来《く》るに及ばんといふ挨拶であつた。代助は命令通り控《ひか》えてゐた。其間|嫂《あによめ》
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