だ》百合の花を持つて来《き》て下《くだ》さつた時も、銀杏返しぢやなかつたですか」
「あら、気が付いて。あれは、あの時|限《ぎり》なのよ」
「あの時はあんな髷に結ひ度《たく》なつたんですか」
「えゝ、気迷《きまぐ》れに一寸《ちよいと》結《ゆ》つて見たかつたの」
「僕はあの髷《まげ》を見て、昔《むかし》を思ひ出した」
「さう」と三千代は恥《は》づかしさうに肯《うけが》つた。
 三千代が清水町にゐた頃、代助と心安く口《くち》を聞く様になつてからの事だが、始めて国《くに》から出て来《き》た当時の髪《かみ》の風を代助から賞《ほ》められた事があつた。其時三千代は笑つてゐたが、それを聞いた後《あと》でも、決して銀杏返しには結はなかつた。二人《ふたり》は今も此事をよく記臆してゐた。けれども双方共|口《くち》へ出《だ》しては何も語らなかつた。

       十四の九

 三千代の兄《あに》と云ふのは寧《むし》ろ豁達な気性で、懸隔《かけへだ》てのない交際振《つきあひぶり》から、友達《ともだち》には甚《ひど》く愛されてゐた。ことに代助は其親友であつた。此|兄《あに》は自分が豁達である丈に、妹の大人《おとな
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