で、相手に公言し得る事でなければ自己の誠《まこと》でないと信じたからである。酔《よひ》と云ふ牆壁を築いて、其掩護に乗じて、自己を大胆にするのは、卑怯で、残酷で、相手に汚辱を与へる様な気がしてならなかつたからである。彼は社会の習慣に対しては、徳義的な態度を取る事が出来なくなつた、其代り三千代に対しては一点も不徳義な動機を蓄《たくわ》へぬ積であつた。否、彼《かれ》をして卑吝《ひりん》に陥らしむる余地が丸でない程に、代助は三千代を愛した。けれども、彼は三千代から何の用かを聞かれた時に、すぐ己れを傾《かたむ》ける事が出来なかつた。二度|聞《き》かれた時に猶※[#「足へん+厨」、第3水準1−92−39]躇した。三度目には、已《やむ》を得ず、
「まあ、緩《ゆつ》くり話《はな》しませう」と云つて、巻烟草《まきたばこ》に火を点《つ》けた。三千代の顔《かほ》は返事を延《の》ばされる度《たび》に悪《わる》くなつた。
雨は依然として、長《なが》く、密《みつ》に、物に音《おと》を立てゝ降《ふ》つた。二人《ふたり》は雨の為《ため》に、雨の持ち来《きた》す音《おと》の為《ため》に、世間《せけん》から切り離された
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