《おぢ》さん誰《だれ》か相撲を知りませんかと代助に聞いた事がある。
 縫《ぬひ》といふ娘《むすめ》は、何か云ふと、好《よ》くつてよ、知らないわと答へる。さうして日に何遍となくリボンを掛け易へる。近頃は※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]イオリンの稽古に行く。帰つて来《く》ると、鋸《のこぎり》の目立《めた》ての様な声を出して御浚ひをする。たゞし人が見てゐると決して遣《や》らない。室《へや》を締《し》め切《き》つて、きい/\云はせるのだから、親《おや》は可なり上手だと思つてゐる。代助丈が時々《とき/″\》そつと戸を明《あ》けるので、好《よ》くつてよ、知らないわと叱《しか》られる。
 兄《あに》は大抵不在|勝《がち》である。ことに忙《いそ》がしい時になると、家《うち》で食《く》ふのは朝食《あさめし》位なもので、あとは、何《ど》うして暮《くら》してゐるのか、二人《ふたり》の子供には全く分《わか》らない。同程度に於て代助にも分らない。是は分《わか》らない方が好《この》ましいので、必要のない限《かぎ》りは、兄《あに》の日々の戸外《こぐわい》生活に就て決して研究しないのである。
 代助は二人《ふた
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