は、父《ちゝ》の客《きやく》の乗《の》つて来《き》たものであつた。代助は長《なが》く懸《か》ゝらなければ、客《きやく》の帰る迄|待《ま》たうと思つた。嫂《あによめ》は判然《はつきり》しないから、風呂場へ行《い》つて、水《みづ》で顔を拭《ふ》いて来《く》ると云つて立つた。下女が好《い》い香《にほひ》のする葛《くづ》の粽《ちまき》を、深《ふか》い皿《さら》に入れて持《も》つて来《き》た。代助は粽《ちまき》の尾をぶら下《さ》げて、頻《しき》りに嗅《か》いで見《み》た。
 梅《うめ》子が涼《すゞ》しい眼付《めつき》になつて風呂場から帰つた時、代助は粽《ちまき》の一《ひと》つを振子《ふりこ》の様に振《ふ》りながら、今度は、
「兄《にい》さんは何《ど》うしました」と聞いた。梅子はすぐ此陳腐な質問に答へる義務がないかの如く、しばらく椽|鼻《ばな》に立《た》つて、庭《には》を眺《なが》めてゐたが、
「二三日の雨《あめ》で、苔《こけ》の色《いろ》が悉皆《すつかり》出《で》た事《こと》」と平生に似合はぬ観察をして、故《もと》の席《せき》に返《かへ》つた。さうして、
「兄《にい》さんが何《ど》うしましたつて
前へ 次へ
全490ページ中365ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング