ひとりみ》になるさ」
「冗談云つてら――夫よりか、妻《さい》が頻りに、君はもう奥さんを持つたらうか、未《ま》だだらうかつて気にしてゐたぜ」
 所へ電車が来《き》た。

       三の一

 代助《だいすけ》の父《ちゝ》は長井得《ながゐとく》といつて、御維新のとき、戦争に出《で》た経験のある位な老人であるが、今でも至極達者に生きてゐる。役人を已《や》めてから、実業界に這入つて、何《なに》か彼《かに》かしてゐるうちに、自然と金が貯《たま》つて、此十四五年来は大分《だいぶん》の財産家になつた。
 誠吾《せいご》と云ふ兄《あに》がある。学校を卒業してすぐ、父《ちゝ》の関係してゐる会社へ出《で》たので、今では其所《そこ》で重要な地位を占める様になつた。梅子といふ夫人に、二人《ふたり》の子供《こども》が出来た。兄は誠太郎と云つて十五になる。妹は縫《ぬひ》といつて三つ違である。
 誠吾《せいご》の外に姉がまだ一人《ひとり》あるが、是はある外交官に嫁いで、今は夫《おつと》と共に西洋にゐる。誠吾《せいご》と此姉の間にもう一人《ひとり》、それから此姉と代助の間にも、まだ一人《ひとり》兄弟があつたけれど
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