赤い棒の立つてゐる停留所迄|歩《ある》いて来《き》た。そこで、
「三千代《みちよ》さんは何《ど》うした」と聞《き》いた。
「難有う、まあ相変らずだ。君に宜《よろ》しく云つてゐた。実は今日《けふ》連《つ》れて来《き》やうと思つたんだけれども、何だか汽車に揺《ゆ》れたんで頭《あたま》が悪《わる》いといふから宿《やど》屋へ置いて来《き》た」
 電車が二人《ふたり》の前で留《と》まつた。平岡は二三歩|早足《はやあし》に行きかけたが、代助から注意されて已めた。彼《かれ》の乗るべき車はまだ着《つ》かなかつたのである。
「子供は惜《お》しい事をしたね」
「うん。可哀想な事をした。其節は又御叮嚀に難有う。どうせ死ぬ位なら生れない方が好《よ》かつた」
「其|後《ご》は何《ど》うだい。まだ後《あと》は出来ないか」
「うん、未《ま》だにも何にも、もう駄目《だめ》だらう。身体《からだ》があんまり好《よ》くないものだからね」
「こんなに動く時は小供のない方が却つて便利で可《い》いかも知れない」
「夫《それ》もさうさ。一層《いつそ》君の様に一人身《ひとりみ》なら、猶の事、気楽で可《い》いかも知れない」
「一人身《
前へ 次へ
全490ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング