今日《けふ》旅行する必要もないんだらう」と聞《き》いた。
 代助はないと答へざるを得なかつた。
「ぢや、今日《けふ》餐《めし》を食《く》ひに来《き》ても好《い》いんだらう」
 代助は又|好《い》いと答へない訳《わけ》に行《い》かなかつた。
「ぢや、己《おれ》はこれから、一寸《ちよつと》他所《わき》へ回《まは》るから、間違《まちがひ》のない様に来《き》てくれ」と相変らず多忙に見えた。代助はもう度胸を据ゑたから、何《ど》うでも構はないといふ気で、先方に都合の好《い》い返事を与へた。すると兄《あに》が突然、
「一体|何《ど》うなんだ。あの女を貰ふ気はないのか。好《い》いぢやないか貰《もら》つたつて。さう撰《え》り好《ごの》みをする程女房に重きを置くと、何だか元禄《げんろく》時代の色男の様で可笑しいな。凡てあの時代の人間《にんげん》は男女に限らず非常に窮屈な恋《こひ》をした様だが、左様《さう》でもなかつたのかい。――まあ、どうでも好《い》いから、成る可《べ》く年寄《としより》を怒《おこ》らせない様に遣《や》つてくれ」と云つて帰つた。
 代助は座敷へ戻《もど》つて、しばらく、兄《あに》の警句を咀
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