ものだ。明日《あした》になつて見ろ、放《ほう》つて置いても遣《や》つて来《く》るからつて、己《おれ》が姉《ねえ》さんを安心させたのだよ」と誠吾は落付《おちつき》払つてゐた。代助は少し忌々《いま/\》しくなつたので、
「ぢや、放《ほう》つて置いて御覧なされば好《い》いのに」と云つた。
「所《ところ》が女《をんな》と云ふものは、気の短《みぢ》かいもので、御父《おとう》さんに悪《わる》いからつて、今朝《けさ》起《お》きるや否や、己《おれ》をせびるんだからね」と誠吾は可笑《おかし》い様な顔《かほ》もしなかつた。寧《むし》ろ迷惑さうに代助を眺《なが》めてゐた。代助は行くとも、行かないとも決答を与へなかつた。けれども兄に対しては、誠太郎同様に、要領を握らせないで返《かへ》して仕舞ふ勇気も出《で》なかつた。其上《そのうへ》午餐を断つて、旅行するにしても、もう自分の懐中《くわいちう》を当《あて》にする訳《わけ》には行《い》かなかつた。矢張り、兄とか嫂《あによめ》とか、もしくは父《ちゝ》とか、いづれ反対派の誰《だれ》かを痛《いた》めなければ、身動《みうごき》が取《と》れない位地にゐた。そこで、即《つ》か
前へ 次へ
全490ページ中299ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング