れにつれて、支店長の自分に対する態度も段々変つて来《き》た。時々《とき/″\》は向ふから相談をかける事さへある。すると学校を出《で》たての平岡でないから、先方《むかふ》に解《わか》らない、且つ都合のわるいことは成るべく云はない様にして置く。
「無暗に御世辞を使つたり、胡麻を摺《す》るのとは違ふが」と平岡はわざ/\断つた。代助は真面目《まじめ》な顔をして、「そりや無論さうだらう」と答へた。
 支店長は平岡の未来《みらい》の事に就て、色々《いろ/\》心配してくれた。近いうちに本店に帰る番に中《あた》つてゐるから、其時《そのとき》は一所に来《き》給へ抔《など》と冗談半分に約束迄した。其頃《そのころ》は事務《じむ》にも慣《な》れるし、信用も厚くなるし、交際も殖えるし、勉強をする暇《ひま》が自然となくなつて、又勉強が却つて実務の妨《さまたげ》をする様に感ぜられて来《き》た。
 支店長が、自分に万事を打ち明ける如く、自分は自分の部下の関《せき》といふ男を信任して、色々と相談相手にして居つた。所《ところ》が此男がある芸妓と関係《かゝりあ》つて、何時《いつ》の間《ま》にか会計に穴を明《あ》けた。それが
前へ 次へ
全490ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング