曝露《ばくろ》したので、本人は無論解雇しなければならないが、ある事情からして、放《ほう》つて置くと、支店長に迄多少の煩《わづらひ》が及んで来《き》さうだつたから、其所《そこ》で自分が責を引いて辞職を申し出《で》た。
 平岡の語る所は、ざつと斯うであるが、代助には彼が支店長から因果を含められて、所決を促がされた様にも聞えた。それは平岡の話しの末に「会社員なんてものは、上《うへ》になればなる程|旨《うま》い事が出来《でき》るものでね。実は関《せき》なんて、あれつ許《ばかり》の金を使ひ込んで、すぐ免職になるのは気の毒な位なものさ」といふ句があつたのから推したのである。
「ぢや支店長は一番|旨《うま》い事をしてゐる訳だね」と代助が聞いた。
「或はそんなものかも知れない」と平岡は言葉を濁《にご》して仕舞つた。
「それで其男の使ひ込んだ金《かね》は何《ど》うした」
「千《せん》に足《た》らない金《かね》だつたから、僕が出して置《お》いた」
「よく有《あ》つたね。君も大分|旨《うま》い事をしたと見える」
 平岡《ひらをか》は苦《にが》い顔をして、ぢろりと代助を見た。
「旨《うま》い事《こと》をしたと
前へ 次へ
全490ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング