んぺい》が落ちた。
平岡の云ふ所によると、赴任の当時彼は事務見習のため、地方の経済状況取調のため、大分忙がしく働らいて見た。出来得るならば、学理的に実地の応用を研究しやうと思つた位であつたが、地位が夫程高くないので、已を得ず、自分の計画は計画として未来の試験用に頭《あたま》の中《なか》に入れて置いた。尤も始めのうちは色々支店長に建策した事もあるが、支店長は冷然として、何時《いつ》も取り合はなかつた。六《む》※[#小書き濁点付き平仮名つ、25−10]かしい理窟抔を持ち出すと甚だ御機嫌が悪《わる》い。青二才に何が分るものかと云ふ様な風をする。其癖自分は実際何も分《わか》つて居ないらしい。平岡から見ると、其相手にしない所が、相手にするに足らないからではなくつて、寧ろ相手にするのが怖《こわ》いからの様に思はれた。其所《そこ》に平岡の癪はあつた。衝突しかけた事《こと》も一度《いちど》や二度《にど》ではない。
けれども、時日《じじつ》を経過するに従つて、肝癪が何時《いつ》となく薄らいできて、次第に自分の頭《あたま》が、周囲の空気と融和する様になつた。又成るべくは、融和する様に力《つと》めた。そ
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