《くち》にするものを偽善家《ぎぜんか》の第一位に置《お》いた。
 此所《こゝ》迄考へた時、代助の頭《あたま》の中《なか》に、突然|三千代《みちよ》の姿《すがた》が浮《うか》んだ。其時《そのとき》代助はこの論理中に、或《ある》因数《フアクター》を数《かぞ》へ込むのを忘れたのではなからうかと疑《うたぐ》つた。けれども、其|因数《フアクター》は何《ど》うしても発見《はつけん》する事が出来《でき》なかつた。すると、自分が三千代に対する情|合《あひ》も、此|論理《ろんり》によつて、たゞ現在的《げんざいてき》のものに過《す》ぎなくなつた。彼《かれ》の頭《あたま》は正《まさ》にこれを承認した。然し彼《かれ》の心《ハート》は、慥かに左様《さう》だと感《かん》ずる勇気がなかつた。

       十二の一

 代助は嫂《あによめ》の肉薄を恐れた。又三千代の引力を恐れた。避暑にはまだ間《あひだ》があつた。凡ての娯楽には興味を失つた。読書をしても、自己の影《かげ》を黒い文字の上《うへ》に認める事が出来《でき》なくなつた。落付《おちつ》いて考へれば、考へは蓮《はちす》の糸《いと》を引く如くに出《で》るが、出た
前へ 次へ
全490ページ中282ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング