潜《ひそ》んでゐた。
芝居の仕舞になつたのは十一時|近《ちか》くであつた。外《そと》へ出《で》て見ると、風は全く歇《や》んだが、月《つき》も星《ほし》も見《み》えない静《しづ》かな晩を、電燈が少し許り照らしてゐた。時間が遅《おそ》いので茶屋では話《はなし》をする暇《ひま》もなかつた。三人の迎《むかひ》は来《き》てゐたが、代助はつい車《くるま》を誂《あつら》へて置くのを忘れた。面倒だと思つて、嫂《あによめ》の勧《すゝめ》を斥《しりぞ》けて、茶屋の前から電車に乗つた。数寄屋《すきや》橋で乗《の》り易《か》え様と思つて、黒《くろ》い路《みち》の中《なか》に、待ち合《あ》はしてゐると、小供を負《おぶ》つた神《かみ》さんが、退儀《たいぎ》さうに向《むかふ》から近|寄《よ》つて来《き》た。電車は向《むか》ふ側《がは》を二三度|通《とほ》つた。代助と軌道《レール》の間《あひだ》には、土《つち》か石《いし》の積《つ》んだものが、高《たか》い土手の様に挟《はさ》まつてゐた。代助は始《はじ》めて間違《まちが》つた所に立《た》つてゐる事を悟つた。
「御神さん、電車へ乗るなら、此所《こゝ》ぢや不可《いけ》な
前へ
次へ
全490ページ中275ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング