来《き》たのだつたかね」と云つて、寺尾は麦藁《むぎわら》帽で、しきりに胸のあたりへ風《かぜ》を送《おく》つた。時候はまだ夫程暑くないのだから、此所作は頗る愛嬌を添へた。
「何の為《ため》に生《うま》れて来《き》やうと、余計な御世話だ。夫《それ》より君こそ何しに来《き》たんだ。又「此所《こゝ》十日許《とほかばかり》の間《あひだ》」ぢやないか、金《かね》の相談ならもう御免だよ」と代助は遠慮なく先《さき》へ断《ことわ》つた。
「君も随分礼義を知らない男だね」と寺尾は已を得ず答へた。けれども別段感情を害した様子も見えなかつた。実を云ふと、此位な言葉は寺尾に取つて、少しも無礼とは思へなかつたのである。代助は黙《だま》つて、寺尾の顔《かほ》を見てゐた。それは、空《むな》しい壁《かべ》を見てゐるより以上の何等の感動をも、代助に与へなかつた。
寺尾は懐《ふところ》から汚《きた》ない仮綴《かりとぢ》の書物を出《だ》した。
「是を訳《やく》さなけりやならないんだ」と云つた。代助は依然として黙《だま》つてゐた。
「食《く》ふに困《こま》らないと思つて、さう無精《ぶせう》な顔《かほ》をしなくつて好《よ》から
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