は出来ない。自己存在の目的は、自己存在の経過が、既にこれを天下に向つて発表したと同様だからである。
 此根本義から出立した代助は、自己本来の活動を、自己本来の目的としてゐた。歩《ある》きたいから歩《ある》く。すると歩《ある》くのが目的になる。考へたいから考へる。すると考へるのが目的になる。それ以外の目的を以て、歩《ある》いたり、考《かんが》へたりするのは、歩行と思考の堕落になる如く、自己の活動以外に一種の目的を立てゝ、活動するのは活動の堕落になる。従つて自己全体の活動を挙げて、これを方便の具に使用するものは、自《みづか》ら自己存在の目的を破壊したも同然である。
 だから、代助は今日迄、自分の脳裏に願望《ぐわんもう》、嗜欲《きよく》が起るたび毎《ごと》に、是等の願望《ぐわんもう》嗜欲《きよく》を遂行するのを自己の目的として存在してゐた。二個の相容れざる願望《ぐわんもう》嗜欲《きよく》が胸に闘ふ場合も同じ事であつた。たゞ矛盾から出《で》る一目的の消耗と解釈してゐた。これを煎《せん》じ詰《つ》めると、彼は普通に所謂無目的な行為を目的として活動してゐたのである。さうして、他を偽《いつは》らざる
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