歩《ある》くものは賤民だと、彼《かれ》は平生から信じてゐたのであるけれども、此場合に限《かぎ》つて、其賤民の方が偉《えら》い様な気がした。全《まつ》たく、又アンニユイに襲はれたと悟つて、帰《かへ》りだした。神楽坂へかゝると、ある商店で大きな蓄音器を吹かしてゐた。其音《そのおと》が甚しく金属《きんぞく》性の刺激を帯びてゐて、大いに代助の頭《あたま》に応《こた》へた。
家《いへ》の門《もん》を這入《はい》ると、今度は門野《かどの》が、主人の留守を幸ひと、大きな声で琵琶歌をうたつてゐた。夫《それ》でも代助の足音《あしおと》を聞《き》いて、ぴたりと已《や》めた。
「いや、御早うがしたな」と云つて玄関へ出《で》て来《き》た。代助は何にも答へずに、帽子を其所《そこ》へ掛《か》けた儘、椽側から書斎へ這入つた。さうして、わざ/\障子を締《し》め切つた。つゞいて湯呑《ゆのみ》に茶を注《つ》いで持つて来《き》た門野が、
「締《し》めときますか。暑《あつ》かありませんか」と聞《き》いた。代助は袂《たもと》から手帛《ハンケチ》を出《だ》して額《ひたひ》を拭いてゐたが、矢っ張り、
「締《し》めて置いてくれ」と
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