れども彼はこの没論理の根底に横はる色々《いろ/\》の因数《フアクター》を自分で善《よ》く承知してゐた。さうして、今《いま》の自分に取《と》つては、この没論理の状態が、唯一の事実であるから仕方《しかた》ないと思つた。且、此事実と衝突する論理は、自己に無関係な命題《めいだい》を繋《つな》ぎ合《あ》はして出来|上《あが》つた、自己の本体を蔑視する、形式に過ぎないと思つた。さう思つて又椅子へ腰《こし》を卸した。
それから三千代の来《く》る迄、代助はどんな風に時《とき》を過《すご》したか、殆んど知らなかつた。表《おもて》に女の声がした時《とき》、彼は胸《むね》に一鼓動《いつこどう》を感じた。彼は論理に於て尤も強い代りに、心臓の作用に於て尤も弱い男であつた。彼が近来|怒《おこ》れなくなつたのは、全《まつた》く頭《あたま》の御蔭《おかげ》で、腹《はら》を立《た》てる程自分を馬鹿にすることを、理智《りち》が許《ゆる》さなくなつたからである。が其他の点に於ては、尋常以上に情|緒《しよ》の支配を受けるべく余儀なくされてゐた。取次《とりつぎ》に出《で》た門野《かどの》が足音《あしおと》を立《た》てゝ、書斎
前へ
次へ
全490ページ中223ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング