《み》てゐた。父《ちゝ》は詩が好《すき》で、閑《ひま》があると折々支那人の詩集を読《よ》んでゐる。然し時によると、それが尤も機嫌のわるい索引《さくいん》になる事があつた。さう云ふときは、いかに神経のふつくら出来|上《あが》つた兄《あに》でも、成るべく近寄《ちかよ》らない事にしてゐた。是非|顔《かほ》を合《あは》せなければならない場合には、誠太郎か、縫子か、何方《どつち》か引張《ひつぱつ》て父《ちゝ》の前《まへ》へ出《で》る手段を取《と》つてゐた。代助も椽側迄|来《き》て、そこに気が付《つ》いたが、夫程《それほど》の必要もあるまいと思つて、座敷を一《ひと》つ通《とほ》り越して、父《ちゝ》の居|間《ま》に這入つた。
 父はまづ眼鏡《めがね》を外《はづ》した。それを読み掛けた書物の上《うへ》に置くと、代助の方に向き直《なほ》つた。さうして、たゞ一言《ひとこと》、
「来《き》たか」と云つた。其語調は平常よりも却つて穏《おだやか》な位であつた。代助は膝《ひざ》の上《うへ》に手を置きながら、兄《あに》が真面目《まじめ》な顔をして、自分を担《かつ》いたんぢやなからうかと考へた。代助はそこで又|苦《に
前へ 次へ
全490ページ中201ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング