ども、貧弱な日本が、欧洲の最強国と、財力に於て肩を較《なら》べる日の来《く》る迄は、此平衡は日本に於て得《え》られないものと代助は信じてゐた。さうして、斯《か》ゝる日《ひ》は、到底日本の上を照《て》らさないものと諦《あきら》めてゐた。だからこの窮地に陥つた日本紳士の多数は、日毎に法律に触れない程度に於て、もしくはたゞ頭《あたま》の中《なか》に於て、罪悪を犯さなければならない。さうして、相手が今如何なる罪悪を犯しつゝあるかを、互に黙知しつゝ、談笑しなければならない。代助は人類の一人《いちにん》として、かゝる侮辱を加ふるにも、又加へらるゝにも堪へなかつた。
代助の父《ちゝ》の場合は、一般に比《くら》べると、稍《やゝ》特殊的傾向を帯びる丈に複雑であつた。彼は維新前の武士に固有な道義本位の教育を受けた。此教育は情意行為の標準を、自己以外の遠い所に据ゑて、事実の発展によつて証明せらるべき手近《てぢか》な真《まこと》を、眼中《がんちう》に置かない無理なものであつた。にも拘《かゝ》はらず、父《ちゝ》は習慣に囚へられて、未《いま》だに此教育に執着してゐる。さうして、一方には、劇烈な生活慾に冒され易い
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