りない。と云つて、人《ひと》の宅《うち》を訪《たづ》ねる気はもう出《で》ない。自分を検査して見ると、身体《からだ》全体が、大きな胃病の様な心持がした。四丁目から又電車へ乗《の》つて、今度は伝通院前迄|来《き》た。車中で揺《ゆ》られるたびに、五尺何寸かある大きな胃|嚢《ぶくろ》の中《なか》で、腐《くさ》つたものが、波《なみ》を打つ感じがあつた。三時過ぎにぼんやり宅《うち》へ帰《かへ》つた。玄関で門野が、
「先刻《さつき》御|宅《たく》から御使《おつかい》でした。手紙は書斎の机の上《うへ》に載せて置きました。受取は一寸《ちよつと》私《わたくし》が書《か》いて渡《わた》して置《お》きました」と云つた。

       八の三

 手紙《てがみ》は古風《こふう》な状箱《じようばこ》の中《うち》にあつた。其《その》赤塗《あかぬり》の表《おもて》には名宛《なあて》も何《なに》も書《か》かないで、真鍮《しんちう》の環《くわん》に通《とほ》した観世撚《かんじんより》の封《ふう》じ目《め》に黒《くろ》い墨《すみ》を着けてあつた。代助は机《つくえ》の上《うへ》を一目《ひとめ》見て、此手紙の主《ぬし》は嫂《
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