るだらうと云ふ評判であつた。大変露西亜ものが好《すき》で、ことに人が名前を知らない作家が好《すき》で、なけなしの銭《ぜに》を工面しては新刊|物《もの》を買ふのが道楽であつた。あまり気焔が高かつた時、代助が、文学者も恐露病に罹つてるうちはまだ駄目だ。一旦日露戦争を経過したものでないと話せないと冷評《ひやかし》返した事がある。すると寺尾は真面目《まじめ》な顔《かほ》をして、戦争は何時《いつ》でもするが、日露戦争後の日本の様に往生しちや詰《つま》らんぢやないか。矢っ張り恐露病に罹つてる方が、卑怯でも安全だ、と答へて矢っ張り露西亜文学を鼓吹してゐた。
 玄関から座敷へ通つて見ると、寺尾は真中《まんなか》へ一貫|張《ばり》の机を据ゑて、頭痛がすると云つて鉢巻《はちまき》をして、腕まくりで、帝国文学の原稿を書《か》いてゐた。邪魔ならまた来《く》ると云ふと、帰らんでもいゝ、もう今朝《けさ》から五五《ごご》、二円五十銭丈|稼《かせ》いだからと云ふ挨拶であつた。やがて鉢巻《はちまき》を外《はづ》して、話《はなし》を始《はじ》めた。始めるが早いか、今の日本の作家と評家を眼の玉の飛び出る程痛快に罵倒し始めた
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