上《あ》げられたとは肯《うけが》はなかつた。明治の初年に横浜へ移住奨励のため、政府が移住者に土地を与へた事がある。其時たゞ貰《もら》つた地面の御蔭で、今は非常な金満家になつたものがある。けれども是は寧ろ天の与へた偶然である。父《ちゝ》と兄《あに》の如きは、此自己にのみ幸福なる偶然を、人為的に且政略的に、暖室《むろ》を造つて、拵《こしら》え上《あ》げたんだらうと代助は鑑定してゐた。

       八の二

 代助は斯《か》う云ふ考で、新聞記事に対しては別に驚ろきもしなかつた。父《ちゝ》と兄《あに》の会社に就ても心配をする程正直ではなかつた。たゞ三千代の事丈が多少気に掛つた。けれども、徒手《てぶら》で行くのが面白くないんで、其うちの事と腹《はら》の中《なか》で料簡を定《さだ》めて、日々《にち/\》読書に耽つて四五日|過《すご》した。不思議な事に其後《そのご》例の金《かね》の件に就いては、平岡からも三千代からも何とも云つて来《こ》なかつた。代助は心《こゝろ》のうちに、あるひは三千代が又|一人《ひとり》で返事を聞《き》きに来《く》る事もあるだらうと、実《じつ》は心待《こゝろまち》に待つてゐた
前へ 次へ
全490ページ中169ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング