代助も格別の苦情は持つてゐなかつた事丈は慥かである。だから父《ちゝ》の云ふ事の当否は論弁の限《かぎり》にあらずとして、貰《もら》へば貰《もら》つても構《かま》はないのである。代助は此二三年来、凡ての物に対して重きを置かない習慣になつた如く、結婚《けつこん》に対しても、あまり重きを置く必要を認めてゐない。佐川の娘といふのは只写真で知つてゐる許であるが、夫丈でも沢山な様な気がする。――尤も写真は大分美くしかつた。――従つて、貰ふとなれば、左様《さう》面倒な条件を持ち出す考も何もない。たゞ、貰ひませうと云ふ確答が出《で》なかつた丈である。
その不明晰な態度を、父《ちゝ》に評させると、丸で要領を得てゐない鈍物同様の挨拶振になる。結婚を生死の間《あひだ》に横《よこた》はる一大要件と見傚して、あらゆる他の出来事を、これに従属させる考の嫂《あによめ》から云はせると、不可思議になる。
「だつて、貴方《あなた》だつて、生涯|一人《ひとり》でゐる気でもないんでせう。さう我儘を云はないで、好《い》い加減な所で極《き》めて仕舞つたら何《ど》うです」と梅子は少《すこ》し焦《ぢ》れつたさうに云つた。
生涯|一
前へ
次へ
全490ページ中162ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング