兄《あに》の家《いへ》の門を這入ると、客間《きやくま》でピアノの音《おと》がした。代助は一寸《ちよつと》砂利の上《うへ》に立ち留《どま》つたが、すぐ左へ切れて勝手|口《ぐち》の方へ廻つた。其所《そこ》には格子の外《そと》に、ヘクターと云ふ英国産の大きな犬が、大きな口《くち》を革|紐《ひも》で縛《しば》られて臥《ね》てゐた。代助の足音を聞《き》くや否や、ヘクターは毛の長い耳《みゝ》を振《ふる》つて、斑《まだら》な顔《かほ》を急に上《あ》げた。さうして尾を揺《うご》かした。
入口《いりぐち》の書生部屋を覗き込んで、敷居の上《うへ》に立ちながら、二言三言《ふたことみこと》愛嬌を云つた後《あと》、すぐ西洋|間《ま》の方へ来《き》て、戸《と》を明《あ》けると、嫂《あによめ》がピヤノの前に腰を掛けて両手を動《うご》かして居た。其傍《そのそば》に縫《ぬひ》子が袖《そで》の長い着物を着《き》て、例の髪《かみ》を肩迄掛けて立《た》つてゐた。代助は縫《ぬひ》子の髪《かみ》を見るたんびに、ブランコに乗《の》つた縫子の姿《すがた》を思ひ出《だ》す。黒《くろ》い髪《かみ》と、淡紅色《ときいろ》のリボンと、それ
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