》しいのを可愛《かあい》がつてゐた。国から連れて来《き》て、一所に家《うち》を持《も》つたのも、妹を教育しなければならないと云ふ義務の念からではなくて、全く妹の未来に対する情|合《あひ》と、現在自分の傍《そば》に引き着《つ》けて置きたい欲望とからであつた。彼《かれ》は三千代を呼ぶ前、既に代助に向つて其旨を打《う》ち明《あ》けた事があつた。其時代助は普通の青年の様に、多大の好奇心を以て此計画を迎へた。
三千代が来《き》てから後、兄《あに》と代助とは益|親《した》しくなつた。何方《どつち》が友情の歩を進めたかは、代助自身にも分《わか》らなかつた。兄《あに》が死んだ後《あと》で、当時を振り返つて見る毎に、代助は此《この》親密の裡《うち》に一種の意味を認めない訳に行かなかつた。兄《あに》は死ぬ時迄それを明言しなかつた。代助も敢て何事をも語らなかつた。斯《か》くして、相互の思《おも》はくは、相互の間の秘密として葬られて仕舞つた。兄《あに》は在生中に此意味を私《ひそか》に三千代に洩《も》らした事があるかどうか、其所《そこ》は代助も知らなかつた。代助はたゞ三千代の挙止動作と言語談話からある特別な感じを得た丈であつた。
代助は其頃から趣味の人として、三千代の兄《あに》に臨んでゐた。三千代の兄《あに》は其方面に於て、普通以上の感受性を持つてゐなかつた。深い話《はなし》になると、正直に分《わか》らないと自白して、余計な議論を避《さ》けた。何処《どこ》からか arbiter《アービター》 elegantiarum《エレガンシアルム》 と云ふ字を見付出《みつけだ》して来《き》て、それを代助の異名の様に濫用したのは、其頃の事であつた。三千代は隣《とな》りの部屋で黙《だま》つて兄《あに》と代助の話《はなし》を聞いてゐた。仕舞にはとう/\ arbiter《アービター》 elegantiarum《エレガンシアルム》 と云ふ字を覚えた。ある時其意味を兄《あに》に尋ねて、驚ろかれた事があつた。
兄《あに》は趣味に関する妹の教育を、凡て代助に委任した如くに見えた。代助を待つて啓発されべき妹の頭脳に、接触の機会を出来る丈与へる様に力めた。代助も辞退はしなかつた。後《あと》から顧みると、自《みづか》ら進んで其任に当つたと思はれる痕迹もあつた。三千代は固より喜《よろこ》んで彼《かれ》の指導を受けた。三人
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