。同じ家《いへ》に住む門野からも婆さんからも切り離された。二人《ふたり》は孤立の儘、白百合の香《か》の中《なか》に封じ込められた。
「先刻《さつき》表へ出《で》て、あの花を買つて来《き》ました」と代助は自分の周囲を顧《かへり》みた。三千代の眼《め》は代助に随《つ》いて室《へや》の中《なか》を一回《ひとまはり》した。其|後《あと》で三千代は鼻から強く息《いき》を吸《す》ひ込んだ。
「兄《にい》さんと貴方《あなた》と清水《しみづ》町にゐた時分の事を思ひ出《だ》さうと思つて、成るべく沢山買つて来《き》ました」と代助が云つた。
「好《い》い香《にほひ》ですこと」と三千代は翻《ひる》がへる様に綻《ほころ》びた大きな花瓣《はなびら》を眺《なが》めてゐたが、夫《それ》から眼《め》を放《はな》して代助に移した時、ぽうと頬《ほゝ》を薄赤くした。
「あの時分の事を考へると」と半分云つて已《や》めた。
「覚えてゐますか」
「覚えてゐますわ」
「貴方《あなた》は派手な半襟を掛《か》けて、銀杏返しに結つてゐましたね」
「だつて、東京へ来立《きたて》だつたんですもの。ぢき已《や》めて仕舞つたわ」
「此間《このあひだ》百合の花を持つて来《き》て下《くだ》さつた時も、銀杏返しぢやなかつたですか」
「あら、気が付いて。あれは、あの時|限《ぎり》なのよ」
「あの時はあんな髷に結ひ度《たく》なつたんですか」
「えゝ、気迷《きまぐ》れに一寸《ちよいと》結《ゆ》つて見たかつたの」
「僕はあの髷《まげ》を見て、昔《むかし》を思ひ出した」
「さう」と三千代は恥《は》づかしさうに肯《うけが》つた。
 三千代が清水町にゐた頃、代助と心安く口《くち》を聞く様になつてからの事だが、始めて国《くに》から出て来《き》た当時の髪《かみ》の風を代助から賞《ほ》められた事があつた。其時三千代は笑つてゐたが、それを聞いた後《あと》でも、決して銀杏返しには結はなかつた。二人《ふたり》は今も此事をよく記臆してゐた。けれども双方共|口《くち》へ出《だ》しては何も語らなかつた。

       十四の九

 三千代の兄《あに》と云ふのは寧《むし》ろ豁達な気性で、懸隔《かけへだ》てのない交際振《つきあひぶり》から、友達《ともだち》には甚《ひど》く愛されてゐた。ことに代助は其親友であつた。此|兄《あに》は自分が豁達である丈に、妹の大人《おとな
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