へる程に強烈であつた。
 代助は椅子の一つを指《ゆび》さした。三千代は命ぜられた通りに腰を掛けた。代助は其向《そのむかふ》に席を占《し》めた。二人《ふたり》は始めて相対した。然し良《やゝ》少時《しばら》くは二人《ふたり》とも、口《くち》を開《ひら》かなかつた。
「何《なに》か御用なの」と三千代は漸くにして問ふた。代助は、たゞ、
「えゝ」と云つた。二人《ふたり》は夫限《それぎり》で、又しばらく雨《あめ》の音《おと》を聴いた。
「何《なに》か急な御用なの」と三千代が又尋ねた。代助は又、
「えゝ」と云つた。双方共|何時《いつ》もの様に軽くは話し得なかつた。代助は酒の力を借りて、己れを語らなければならない様な自分を恥ぢた。彼は打ち明けるときは、必ず平生の自分でなければならないものと兼《かね》て覚悟をして居《ゐ》た。けれども、改たまつて、三千代に対して見ると、始《はじ》めて、一滴《いつてき》の酒精が恋《こひ》しくなつた。ひそかに次《つぎ》の間《ま》へ立《た》つて、例《いつも》のヰスキーを洋盃《コツプ》で傾《かたむ》け様かと思つたが、遂に其決心に堪えなかつた。彼は青天白日の下《もと》に、尋常の態度で、相手に公言し得る事でなければ自己の誠《まこと》でないと信じたからである。酔《よひ》と云ふ牆壁を築いて、其掩護に乗じて、自己を大胆にするのは、卑怯で、残酷で、相手に汚辱を与へる様な気がしてならなかつたからである。彼は社会の習慣に対しては、徳義的な態度を取る事が出来なくなつた、其代り三千代に対しては一点も不徳義な動機を蓄《たくわ》へぬ積であつた。否、彼《かれ》をして卑吝《ひりん》に陥らしむる余地が丸でない程に、代助は三千代を愛した。けれども、彼は三千代から何の用かを聞かれた時に、すぐ己れを傾《かたむ》ける事が出来なかつた。二度|聞《き》かれた時に猶※[#「足へん+厨」、第3水準1−92−39]躇した。三度目には、已《やむ》を得ず、
「まあ、緩《ゆつ》くり話《はな》しませう」と云つて、巻烟草《まきたばこ》に火を点《つ》けた。三千代の顔《かほ》は返事を延《の》ばされる度《たび》に悪《わる》くなつた。
 雨は依然として、長《なが》く、密《みつ》に、物に音《おと》を立てゝ降《ふ》つた。二人《ふたり》は雨の為《ため》に、雨の持ち来《きた》す音《おと》の為《ため》に、世間《せけん》から切り離された
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