て冷《ひや》かした積《つもり》ぢやないんです」
「本当に? 夫《そり》や一寸《ちよいと》何《なん》てえ方《かた》なの」
「名前は云《い》ひ悪《にく》いんです」
「ぢや、貴方《あなた》が其旦那に忠告をして、奥さんをもつと可愛《かわい》がるやうにして御|上《あげ》になれば可《い》いのに」
代助は微笑した。
「姉《ねえ》さんも、さう思ひますか」
「当り前ですわ」
「もし其|夫《おつと》が僕の忠告を聞《き》かなかつたら、何《ど》うします」
「そりや、何《ど》うも仕様がないわ」
「放《ほう》つて置《お》くんですか」
「放《ほう》つて置《お》かなけりや、何《ど》うなさるの」
「ぢや、其細君は夫《おつと》に対《たい》して細君の道を守《まも》る義務があるでせうか」
「大変|理責《りぜ》めなのね。夫《そり》や旦那の不親切の度合《どあひ》にも因《よ》るでせう」
「もし、其細君に好《す》きな人があつたら何《ど》うです」
「知らないわ。馬鹿らしい。好《す》きな人がある位なら、始めつから其方《そつち》へ行《い》つたら好《い》いぢやありませんか」
代助は黙《だま》つて考へた。しばらくしてから、姉《ねえ》さんと云つた。梅子は其深い調子に驚ろかされて、改《あら》ためて代助の顔《かほ》を見た。代助は同じ調子で猶《なほ》云つた。
「僕《ぼく》は今度《こんど》の縁談《えんだん》を断《ことわ》らうと思《おも》ふ」
代助の巻烟草《まきたばこ》を持《も》つた手が少《すこ》し顫《ふる》へた。梅子は寧ろ表情を失《うしな》つた顔付《かほつき》をして、謝絶の言葉を聞いた。代助は相手の様子に頓着なく進行した。
「僕は今迄結婚問題に就いて、貴方《あなた》に何返となく迷惑を掛けた上《うへ》に、今度《こんど》も亦心配して貰《もら》つてゐる。僕《ぼく》ももう三十だから、貴方《あなた》の云ふ通り、大抵な所で、御勧め次第になつて好《い》いのですが、少し考があるから、この縁談もまあ已《や》めにしたい希望です。御父《おとう》さんにも、兄《にい》さんにも済《す》まないが、仕方《しかた》がない。何《なに》も当人が気に入らないと云ふ訳ではないが、断《ことわ》るんです。此間|御父《おとう》さんによく考へて見ろと云はれて、大分考へて見たが、矢っ張り断《ことわ》る方が好《い》い様だから断《ことわ》ります。実《じつ》は今日《けふ》は其用で御父
前へ
次へ
全245ページ中185ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング