た。梅雨《つゆ》に入つて二三日|凄《すさ》まじく降《ふ》つた揚句なので、地面《ぢめん》にも、木《き》の枝にも、埃《ほこり》らしいものは悉《ことごと》くしつとりと静《しづ》まつてゐた。日《ひ》の色《いろ》は以前より薄《うす》かつた。雲《くも》の切《き》れ間《ま》から、落ちて来《く》る光線は、下界《げかい》の湿《しめ》り気《け》のために、半ば反射力を失つた様に柔らかに見えた。代助は床屋《とこや》の鏡《かゞみ》で、わが姿《すがた》を映《うつ》しながら、例の如くふつくらした頬《ほゝ》を撫《な》でゝ、今日《けふ》から愈積極的生活に入るのだと思つた。
青山へ来《き》て見ると、玄関に車《くるま》が二台程あつた。供待《ともまち》の車夫は蹴込《けこみ》に倚《よ》り掛《かゝ》つて眠つた儘、代助の通り過ぎるのを知らなかつた。座敷には梅子が新聞《しんぶん》を膝《ひざ》の上《うへ》へ乗《の》せて、込《こ》み入つた庭《には》の緑《みどり》をぼんやり眺めてゐた。是もぽかんと眠《ね》むさうであつた。代助はいきなり梅子《うめこ》の前へ坐《すは》つた。
「御父《おとう》さんは居《ゐ》ますか」
嫂《あによめ》は返事をする前に、一応代助の様子を、試験官の眼《め》で見た。
「代さん、少し瘠《や》せた様ぢやありませんか」と云つた。代助は又|頬《ほゝ》を撫《な》でて、
「そんな事も無《な》いだらう」と打ち消した。
「だつて、色沢《いろつや》が悪《わる》いのよ」と梅子は眼《め》を寄《よ》せて代助の顔《かほ》を覗《のぞ》き込《こ》んだ。
「庭《には》の所為《せゐ》だ。青葉《あをば》が映《うつ》るんだ」と庭《には》の植込《うゑごみ》の方を見たが、「だから貴方《あなた》だつて、矢《や》っ張《ぱ》り蒼《あを》いですよ」と続《つゞ》けた。
「私《わたし》、此二三|日《にち》具合が好《よ》くないんですもの」
「道理《どうり》でぽかんとして居《ゐ》ると思《おも》つた。何《ど》うかしたんですか。風邪《かぜ》ですか」
「何《なん》だか知らないけれど生欠許《なまあくびばか》り出《で》て」
梅子は斯《か》う答へて、すぐ新聞を膝《ひざ》から卸《おろ》すと、手を鳴らして、小間使《こまづかひ》を呼んだ。代助は再び父《ちゝ》の在《ざい》、不在《ふざい》を確《たしか》めた。梅子は其|問《とひ》をもう忘れてゐた。聞いて見ると、玄関にあつた車
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