風呂場に行くたびに、長《なが》い間《あひだ》鏡《かゞみ》を見た。髯《ひげ》の濃《こ》い男なので、少《すこ》し延びると、自分には大層見苦しく見えた。触《さわ》つて、ざら/\すると猶不愉快だつた。
 飯《めし》は依然として、普通の如く食《く》つた。けれども運動の不足と、睡眠の不規則と、それから、脳の屈托とで、排泄機能に変化を起した。然し代助はそれを何とも思はなかつた。生理状態は殆んど苦にする暇《いとま》のない位、一つ事をぐる/\回《まは》つて考へた。それが習慣になると、終局なく、ぐる/\回《まは》つてゐる方が、埒《らつ》の外《そと》へ飛び出《だ》す努力よりも却つて楽になつた。
 代助は最後に不決断の自己|嫌悪《けんお》に陥つた。已を得ないから、三千代と自分の関係を発展させる手段として、佐川の縁談を断らうかと迄考へて、覚えず驚ろいた。然し三千代と自分の関係を絶つ手段として、結婚を許諾して見様かといふ気は、ぐる/\回転してゐるうちに一度も出《で》て来《こ》なかつた。
 縁談を断《ことわ》る方は単独にも何遍となく決定が出来た。たゞ断つた後《あと》、其反動として、自分をまともに三千代の上《うへ》に浴《あび》せかけねば已《や》まぬ必然の勢力が来るに違ないと考へると、其所《そこ》に至つて、又恐ろしくなつた。
 代助は父《ちゝ》からの催促を心待に待つてゐた。しかし父《ちゝ》からは何の便《たより》もなかつた。三千代にもう一遍逢はうかと思つた。けれども、それ程の勇気も出《で》なかつた。
 一番仕舞に、結婚は道徳の形式に於て、自分と三千代を遮断するが、道徳の内容に於て、何等の影響を二人《ふたり》の上《うへ》に及ぼしさうもないと云ふ考が、段々代助の脳裏に勢力を得て来《き》た。既に平岡に嫁《とつ》いだ三千代に対して、こんな関係が起り得るならば、此上《このうへ》自分に既婚者の資格を与へたからと云つて、同様の関係が続《つゞ》かない訳には行かない。それを続《つゞ》かないと見るのはたゞ表向の沙汰で、心を束縛《そくばく》する事の出来《でき》ない形式は、いくら重《かさ》ねても苦痛を増す許である。と云ふのが代助の論法であつた。代助は縁談を断るより外に道《みち》はなくなつた。

       十四の二

 斯《か》う決心した翌日《よくじつ》、代助は久し振《ぶ》りに髪《かみ》を刈《か》つて髯《ひげ》を剃《そ》つ
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